邑楽町(読み)おうらまち

日本歴史地名大系 「邑楽町」の解説

邑楽町
おうらまち

面積:三〇・四七平方キロ

郡西部の北端に位置し、東は館林市、西は太田市と大泉(おおいずみ)町、南は千代田(ちよだ)町、北は矢場(やば)川を隔てて栃木県足利(あしかが)市。町域の大部分は標高二五メートル前後の洪積台地にある。南部の赤堀(あかぼり)字十軒(じゆつけん)・鞍掛(くらかけ)と続く台地は三〇メートルを超すところもあり、中に河畔段丘が埋まっている。国道一二二号が北部、同三五四号が中部を東西に並行して走り、東武伊勢崎線が東北端、同小泉線が中央部を横断する。町域の大部分は中世佐貫(さぬき)庄に含まれていたとみられ、関係文書に石打(いしうち)・狸塚(むじなつか)などの地名がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「邑楽町」の意味・わかりやすい解説

邑楽〔町〕
おうら

群馬県南東部,利根川と渡良瀬川に囲まれた町。 1955年中野村と高島村が合体,中島村として発足。 57年邑楽村と名称変更,68年町制。館林市西郊に位置し,群馬の穀倉と呼ばれる米作地帯。米のほかハクサイ,ナスなどの野菜を産する。機械,縫製工場なども進出。永明寺のキンモクセイは天然記念物。東武鉄道小泉線,国道 122号線,354号線が通る。面積 31.11km2。人口 2万5522(2020)。

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