玄哲町(読み)げんてつちよう

日本歴史地名大系 「玄哲町」の解説

玄哲町
げんてつちよう

[現在地名]金沢市野町のまち二丁目

野町通を西に入った小路の両側町で地子町。元哲町とも書く。助九郎すけくろ町の西にあり、西は針屋はりや町。町名は大石玄哲という医師がこの地に居住したことによる(金沢古蹟志)。玄哲は高名な漢方医で、藩主前田利常の時代に召抱えられ、三〇〇石と五〇俵を賜った。寛永期(一六二四―四四)利常が小松に隠居した際随伴したが、万治元年(一六五八)の利常の死に伴い金沢へ召返された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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