玄琢(読み)げんたく

日本歴史地名大系 「玄琢」の解説

玄琢
げんたく

鷹峯たかがみねの東、大宮おおみや南西の辺りをいい、近世初頭の御典医野間玄琢の住んでいた所と伝える。野間玄琢は、医業曲直瀬正紹にうけ御典医となり、後水尾天皇の中宮東福門院(徳川和子)の病を治療したことで知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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