玉宝院跡(読み)ぎよくほういんあと

日本歴史地名大系 「玉宝院跡」の解説

玉宝院跡
ぎよくほういんあと

[現在地名]所沢市上安松

愛宕山と号し、本尊は地蔵菩薩。旧来は本山派修験で、先達南畑十玉(なんばたじゆうぎよく)院(現富士見市)配下であった。開山の年代等は不明。慶長八年(一六〇三)八月四日京都聖護(しようご)院門跡から金襴地結袈裟が許可されている(聖護院門跡興意法親王御教書)。元禄一五年(一七〇二)の重修地蔵堂記によれば、正保五年(一六四八)行蔵が荒廃していた堂宇を再興したがその後再び荒廃し、元禄一五年に再度堂宇を修復し地蔵講を結んだと伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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