上安松村(読み)かみやすまつむら

日本歴史地名大系 「上安松村」の解説

上安松村
かみやすまつむら

[現在地名]所沢市上安松・松郷(まつごう)

牛沼(うしぬま)新田の南にあり、東は下安松村、南は多摩郡南秋津(みなみあきつ)村(現東京都東村山市)。南部を柳瀬(やなせ)川が東流する。長禄二年(一四五八)一二月吉日付の河崎山王社(現不明)の鰐口(新潟県分水町国上寺蔵)の銘に「当郡当代官関之隼人尉胤吉」「武州入東郡安松之住人」とある。関氏は扇谷上杉氏の家臣で安松郷の在地領主であったと考えられ、越生(おごせ)郷(現越生町)住人の鋳物師重弘にこの鰐口を作らせ山王社に奉納した。小名に本宿(ほんじゆく)・下宿(しもじゆく)があり、城(しろ)村に北条氏照の城があった頃、宿駅であったと伝えられる(風土記稿)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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