玉祥寺村(読み)ぎよくしようじむら

日本歴史地名大系 「玉祥寺村」の解説

玉祥寺村
ぎよくしようじむら

[現在地名]菊池市玉祥寺

袈裟尾けさお村の東、迫間はざま川右岸に位置する。東・西は迫間川によって画される。隈府わいふ町高札辻より約四町。慶長国絵図に村名がみえる。深川手永に属し、文化一一年(一八一四)頃の深川手永手鑑に高一二三石八斗、田一町一反一畝余・畑二〇町七反余、竈数三三・人数一七四、駄馬四五、氏神三社宮とある。迫間川筋に磧二ヵ所(車磧・村下磧)があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む