王仁墓(読み)わにのはか

日本歴史地名大系 「王仁墓」の解説

王仁墓
わにのはか

[現在地名]枚方市藤阪東町二丁目

生駒山系から派生した低平な丘陵端に位置する。「日本書紀」応神天皇一六年二月条によると王仁は百済から渡来し、「則ち太子菟道稚郎子、師としたまふ。諸の典籍を王仁に習ひたまふ。通り達らずといふこと莫し。所謂王仁は、是書首等の始祖なり」とみえる。無銘の自然石碑と享保一六年(一七三一)当地の領主旗本久貝弥右衛門により建てられた「博士王仁之墓」の碑が一所に、やや離れて文政一〇年(一八二七)建立有栖川宮の書になる「博士王仁墳」の碑がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む