琴弾原・琴引坂(読み)ことひきはら・ことひきさか

日本歴史地名大系 「琴弾原・琴引坂」の解説

琴弾原・琴引坂
ことひきはら・ことひきさか

「日本書紀」景行天皇四〇年条に「日本武尊、白鳥と化りたまひて、陵より出で、倭国を指して飛びたまふ。(中略)則ち倭の琴弾原に停れり。仍りて其の処に陵を造る」とあり、同書允恭天皇四二年一一月条に「爰に新羅人、恒に京城の傍の耳成山・畝傍山愛づ。則ち琴引坂に到りて」とみえる。琴弾原・琴引坂は同地であろう。「大和志」「大和遷都図考」などは大字原谷はらだにと大字富田とみたの中間、大字柏原小字須坂すさか付近に擬定

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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