生尾村(読み)おいおむら

日本歴史地名大系 「生尾村」の解説

生尾村
おいおむら

[現在地名]八日市場市生尾

宮本みやもと村の西に位置し、多古銚子たこちようし道筋集落が形成される。元和三年(一六一七)の柑子木数帳(谷本家文書)に生尾とみえ、当村の高福こうふく(光福)寺が三本を負担していた。寛文八年(一六六八)の鷹場五郷組合帳では高一〇七石、旗本小川領で生尾組に属した。領主幕末まで変わらず、村高もほぼ変化なかった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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