生竹村(読み)なまだけむら

日本歴史地名大系 「生竹村」の解説

生竹村
なまだけむら

[現在地名]倉吉市鴨河内(かもごうち)

中田(なかだ)村の南西、小鴨(おがも)川左岸の段丘上に位置する。拝領高は一二三石余、本免は五ツ三分。初鹿野氏、倉吉組士の荒尾氏の給地があった(給人所付帳)。享保一九年(一七三四)の鈴木孫三郎所持本「伯耆誌」では高一三〇石、竈数一七、村内に三崎大明神・八幡宮を祀る。幕末の六郡郷村生高竈付では生高一三五石余、竈数一七。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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