荒尾氏(読み)あらおうじ

改訂新版 世界大百科事典 「荒尾氏」の意味・わかりやすい解説

荒尾氏 (あらおうじ)

尾張国知多郡荒尾郷を本領とした武家。鎌倉御家人の系譜をひく国人。高階,在原,平姓を称す。元弘の乱で六波羅の軍勢に加わり,建武政権より所領を没収された宗顕は,室町政権創設期には所領相論などで幕府使者として活躍。さらに子泰隆とともに将軍祈願所妙興寺(愛知県一宮市)に200町以上の所領を寄進し,国衙正税地10余ヵ所に地頭職をもち,300貫文余の正税を請け負った。15世紀初め,守護斯波氏の入部後,中小領主層の離反と彼らの守護被官化が続く中で,荒尾氏は守護と被官関係をもたず,幕府との関係を強化。15世紀半ば~16世紀初めには奉公衆として知多郡を預けおかれ,御料所尾張国中島保・青山荘や寺本代官職を知行した。室町後期には木田城城主となった空善がおり,その子善次は織田信長の下で今川義元と戦い功をたてたが,孫善久は三方原の戦で討死した。
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