田中町村(読み)たなかまちむら

日本歴史地名大系 「田中町村」の解説

田中町村
たなかまちむら

[現在地名]大野町田中 町東まちひがし町西まちにし

佐代さだい村の西、南東流する田代たしろ川流域にある。犬飼いぬかい道がほぼ東西に通る。村名は田中、もしくは田仲とも称された(「豊後国志」など)。弘安六年(一二八三)一二月一九日の采智房請文(志賀文書)によれば、采智房へ渡されたとまり寺にかかわる証文二通のうちに木工助殿泉屋敷去状がある。この木工助殿は田中氏を称し、泊寺を含む大野庄しも村地頭であった大友能職(明真)の子大野基直のことである。翌弘安七年二月二五日の成重請文(同文書)ではこの証文二通を三〇貫文で田中殿へ渡すとあり、田中殿は基直後家善阿と推定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

「歓喜の歌」の合唱で知られ、聴力をほぼ失ったベートーベンが晩年に完成させた最後の交響曲。第4楽章にある合唱は人生の苦悩と喜び、全人類の兄弟愛をたたえたシラーの詩が基で欧州連合(EU)の歌にも指定され...

ベートーベンの「第九」の用語解説を読む