田丸猪吉(読み)タマル イキチ

20世紀日本人名事典 「田丸猪吉」の解説

田丸 猪吉
タマル イキチ

明治・大正期の水産家 太海村(千葉県)村長



生年
明治8年10月5日(1875年)

没年
昭和6(1931)年3月7日

出身地
千葉県

経歴
千葉県太海村(現・鴨川市)村長を務め、発動機船導入やテングサ栽培の実施など、漁業近代化に力を注いだ。退任後はかつお節製造技術の改良を進め、“太海節”を普及させた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「田丸猪吉」の解説

田丸猪吉 たまる-いきち

1875-1931 明治-大正時代の漁業指導者。
明治8年10月5日生まれ。千葉県太海(ふとみ)村(鴨川市)村長となり,発動機船の導入,テングサ栽培の実施など漁業の近代化につくす。退任後は,大正4年ごろかつお節製造技術の改良をすすめ,太海節を普及させた。昭和6年3月7日死去。57歳。千葉県出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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