田子浦(読み)たこうら

日本歴史地名大系 「田子浦」の解説

田子浦
たこうら

[現在地名]串本町田子

江田えだ浦の西にある。山丘が多く、平地は小河川の流域海辺にわずかにあり、海辺沿いに熊野街道大辺路が通る。慶長検地高目録には田子村と記され、一三三石余、小物成一斗四升五合。「続風土記」によると家数四〇、人数一六八。江田組に属した。慶長一六年(一六一一)の加太浦より錦浦迄加子米究帳(栗本家蔵)によると加子役数一四人、代納升高一五・七石、先高一一石。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む