田子浦(読み)たこうら

日本歴史地名大系 「田子浦」の解説

田子浦
たこうら

[現在地名]串本町田子

江田えだ浦の西にある。山丘が多く、平地は小河川の流域海辺にわずかにあり、海辺沿いに熊野街道大辺路が通る。慶長検地高目録には田子村と記され、一三三石余、小物成一斗四升五合。「続風土記」によると家数四〇、人数一六八。江田組に属した。慶長一六年(一六一一)の加太浦より錦浦迄加子米究帳(栗本家蔵)によると加子役数一四人、代納升高一五・七石、先高一一石。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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