田舎郡(読み)いなかぐん

日本歴史地名大系 「田舎郡」の解説

田舎郡
いなかぐん

文献上の初見は津軽三郡中、最も遅く、建武元年(一三三四)八月二一日付の工藤貞行譲状(遠野南部文書)みえる「田舎郡上冬居郷」である。天文年間(一五三二―五五)の津軽郡中名字によれば、現在の南津軽郡田舎館いなかだて村からその東の黒石市の山手を含む地域にあたる。しかし近世弘前藩の領域となってからは、津軽郡中名字にいう奥法おきのり(現南津軽郡北部、黒石市の一部、北津軽郡南部、五所川原市)うま(現西津軽郡北部)江流末えるま(現北津軽郡北部)東卒都浜あずまのそとのはま(現青森市、東津軽郡東部)北浜きたのはま(現青森市、東津軽郡西部)を併せた広大な地域の呼称となった。ただ奥法・馬・江流末三郡の存在については疑問の余地があるので(→津軽郡、これらの地域はもともと田舎郡の範囲であったかもしれない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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