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北浜 きたはま

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

北浜
きたはま

大阪市中央区北西部,土佐堀川左岸に沿う地区。船場の北端にあたり,江戸時代から堂島の米市を中心に,米問屋,米仲買,両替屋が多く立地して繁栄。米,油とともに金相場会所が寛保3 (1743) 年設置され,安永6 (77) 年の立会い禁止まで金銀の現物ならびに延取引が行われた。

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デジタル大辞泉の解説

きたはま【北浜】

大阪市中央区、船場北部の地名。土佐堀川に面して北向きに店が並び、江戸時代には米・金相場が行われた。現在は大阪取引所があり、東京の兜町(かぶとちょう)と並ぶ証券街。北脇(きたわき)。

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百科事典マイペディアの解説

北浜【きたはま】

大阪市中央区北端,土佐堀川に沿う地区。船場の北辺に当たり,江戸時代は金相場会所があり,米問屋,米仲買,両替屋が集まる商業地であった。1878年大阪株式取引所(現在は大阪取引所)が設置され,証券街として発展,東京の兜(かぶと)町とともに日本証券界の二大中心地になっている。
→関連項目大阪[市]証券取引所船場

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世界大百科事典 第2版の解説

きたはま【北浜】

大阪市中央区の北西部にある町名。東京の兜町(かぶとちよう)と並んで日本二大証券街の一つ。大阪証券取引所(大証)や証券会社のほか,銀行,保険会社などの金融機関の本支店も多く,大阪市のビジネスセンターの一つでもある。大阪の証券界の代名詞として,また大証の同義語として用いられることが多い。北浜は大問屋街船場(せんば)の一部であり,古くから商業地として栄えてきたが,取引所とかかわりを持ったのは,堂島米市場の前身である淀屋の米市が寛永年間(1624‐44)に開かれたのが最初といわれる。

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大辞林 第三版の解説

きたはま【北浜】

大阪市中央区、船場せんば北端の街区。江戸時代、米市・金相場会所が置かれ、商業地区として栄えた。現在、大阪証券取引所があり、東京の兜町と並ぶ証券街。浜。

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日本の地名がわかる事典の解説

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

北浜
きたはま

大阪市中央区船場(せんば)の北部、土佐堀川左岸にある地区で、東京の兜町(かぶとちょう)と並んで日本の二大金融街の一つとして知られる。証券会社、銀行、信託銀行、保険会社などが集中し、大阪における金融の中枢をなしている。京阪電鉄京阪本線と市営地下鉄堺筋(さかいすじ)線の北浜駅がある。北浜は船場の一部に属し、古くから商業の町として栄えてきた。寛永(かんえい)年間(1624~1644)には淀屋(よどや)の米市が立ち、1743年(寛保3)には、米、油とともに大坂三相場の一つとして知られる金相場会所が設置された。1878年(明治11)に大阪株式取引所(のちの大阪証券取引所、現在の大阪取引所)が設立され、今日の北浜の繁栄の基礎がつくられたといわれる。近くに史跡として日本の医学の祖といわれる緒方洪庵(おがたこうあん)の適々斎塾(適塾)跡(国指定史跡)がある。土地・建物は旧緒方洪庵住宅として国指定重要文化財。
 北浜は、兜町が俗に島とよばれるのに対して「浜」とよばれ、相場の町の常として、多くの栄枯の相場物語が伝えられている。石井定七(さだしち)(1879―1945)、岩本栄之助(1877―1916)などの相場師の名はいまもなお浜の語りぐさとなっている。また日本で初めての取引所労組の結成、全国初の証券ストといい、北浜は古くて新しい息吹の町である。[桶田 篤]

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