田良子村(読み)たらごむら

日本歴史地名大系 「田良子村」の解説

田良子村
たらごむら

[現在地名]明智町大田おおた 上田良子かみたらご下田良子しもたらご

阿妻あづま村の北東にあり、東は大栗おおぐり村に続く。嘉吉元年(一四四一)一二月一五日の足利将軍家御教書写(内閣文庫蔵古文書集)に、遠山とおやま手向とうげ郷のうちとして「上明智北棚子・南棚子」とあり、当地にあたるか。慶長一〇年(一六〇五)の千福寺檀那目録(経聞坊文書)に「たらご」とある。慶長郷帳にたしこ村とあり、高一五七石余。正保郷帳では田方一三〇石余・畑方二六石余。文政三年(一八二〇)の家数四七・人数二二四(「村歳代日記帳」佐々木文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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