甲佐簗場(読み)こうさやなば

日本歴史地名大系 「甲佐簗場」の解説

甲佐簗場
こうさやなば

[現在地名]甲佐町豊内

堰の下手、甲佐井手の取入口に近い場所にすえられた簗場。「渡辺玄察日記」明暦二年(一六五六)の条に「甲佐川やなはじまる」とあり、当時緑川上豊内かみとようち付近では甲佐川とよばれた。寛永一〇年(一六三三)五月、藩主細川忠利の領内巡視の折、横田手永総庄屋の横田次郎左衛門重盛が案内し、簗を作って魚を取る方法を説明したところ、簗場を作るよう命ぜられ、同年八月に完成、以後、藩主は毎年来遊し落鮎を賞味したと伝える(甲佐町史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む