甲作郷(読み)かわらごう

日本歴史地名大系 「甲作郷」の解説

甲作郷
かわらごう

「和名抄」高山寺本・刊本ともに訓を欠く。「日本地理志料」は「与呂比都久利」と読んでいるが、通説は「日本書紀」崇神天皇一〇年条の武埴安彦の乱にみえる「伽和羅」をあてており、「かわらつくり」郷を略して「かわら」郷とよばれたと思われる。古くは甲を皮でつくり、「かわら」とよんだからである。このような郷名が生じたのは、その地域に甲作部が住んでいたからであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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