甲作郷(読み)かわらごう

日本歴史地名大系 「甲作郷」の解説

甲作郷
かわらごう

和名抄」高山寺本・刊本ともに訓を欠く。「日本地理志料」は「与呂比都久利」と読んでいるが、通説は「日本書紀」崇神天皇一〇年条の武埴安彦の乱にみえる「伽和羅」をあてており、「かわらつくり」郷を略して「かわら」郷とよばれたと思われる。古くは甲を皮でつくり、「かわら」とよんだからである。このような郷名が生じたのは、その地域に甲作部が住んでいたからであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む