畑井村(読み)はたいむら

日本歴史地名大系 「畑井村」の解説

畑井村
はたいむら

[現在地名]篠山市畑井

小中(こなか)村の北にあり、西を篠山川が流れる。貞治七年(一三六八)二月日の極楽寺新寄進下地坪付案(祇園社記)に「廿五代 畑井」とみえ、同じく南北朝期と推定される波々伯部保内名田坪付案(八坂神社文書)に記す「弐拾代 幡井 分米四斗」も当地であろう。慶長一三年(一六〇八)の多紀郡桑田津之国帳に「波々伯部之内畑井村」とみえ、高一五〇石。正保郷帳では田高九五石余・畠高一一石余。「丹波志」では波々伯部(ほほかべ)庄のうちで、高九七石余。天明三年(一七八三)の篠山領内高並家数人数里数記では新村組で、家数一六・人数七四。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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