畔川村(読み)あぜがわむら

日本歴史地名大系 「畔川村」の解説

畔川村
あぜがわむら

[現在地名]勝山市立川たてかわ町二丁目

九頭竜くずりゆう川右岸の河原に面し、北は勝山城下立石たていし町、南は下高島しもたかじま村に接する。村の成立は、天正一〇年(一五八二)二月二一日の柴田勝安下知状(畔川文書)に「就新村相立ニ、新田井之儀堅申付可相立候、於然者、新田分阿せ川とう野嶋三か所之儀、台所入ニ申付上者、先佐くしき違乱在之間敷候也」とあることによって知られる。また同一一年三月二〇日の新村百姓名代中宛柴田勝安下知状(同文書)によれば、村人の還住策として、牛一匹を出して夫役免除とした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む