登代城跡(読み)とじろじようあと

日本歴史地名大系 「登代城跡」の解説

登代城跡
とじろじようあと

[現在地名]美都町板井川

板井いたい川左岸、たねヶ山のといの峠から西方へ延びる尾根上にある。削平地は三段に分れている。板井川いたいがわ要害・板井川城ともいう。三隅氏によって築かれたといわれ、暦応四年(一三四一)には安富氏(丸毛氏)(同年八月五日「安富彦三郎入道教元軍忠状」安富家文書)、弘治四年(一五五八)には益田氏が、それぞれ三隅氏と激しい戦闘を展開し、当城を奪取している(一月二日「毛利元就書状」益田家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む