白米密寺跡(読み)くめみつじあと

日本歴史地名大系 「白米密寺跡」の解説

白米密寺跡
くめみつじあと

[現在地名]川西町下永

初瀬はせ川右岸、東方ひがしほうの八幡神社と接して所在していたが、現存しない。遺物のうち仏像は下永しもながのうち東城ひがしじようの地蔵堂、石造物は東方の教願きようがん(現浄土真宗本願寺派)にある。東城に移った八幡神社境内に収蔵庫が建ち、「白米密寺 住僧厳」の名がみえる天明八年(一七八八)の水船がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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