目長崎村(読み)めながさきむら

日本歴史地名大系 「目長崎村」の解説

目長崎村
めながさきむら

[現在地名]秋田市太平目長崎

八田はつた村の東一二町、太平川流域に広がる太平郷の中核的村落。慶長六年(一六〇一)の秋田実季侍分限(秋田家文書)に目長崎村・苗代田なわしろだ(現太平目長崎字苗代田)がある。御鉄炮衆御鑓之衆知行方之帳にも目長崎・苗代田両村に秋田実季の鑓衆が置かれる。

正保四年(一六四七)の出羽一国絵図には目長崎村七〇〇石とある。享保一五年(一七三〇)の「六郡郡邑記」に「古来より目長崎と云土民本町唱、本町と云村名なし、家数四十一軒」とあり、支郷に家数三九軒の古町ふるまち村、四軒の小曾田おそだ村、一四軒の井関いせき村を記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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