相浦・深浦(読み)あいうら・ふかうら

日本歴史地名大系 「相浦・深浦」の解説

相浦・深浦
あいうら・ふかうら

郷村名義抄(越中志徴)によれば、相浦は現在の十二町じゆうにちよう西朴木にしほおのき万尾もお中谷内なかやちの辺り、深浦は上久津呂かみくづろ・下久津呂・粟原あわら布施ふせ深原ふかはらのあたりに比定される。永暦元年(一一六〇)三月日の前太政大臣家政所下文写(陽明文庫蔵兵範記紙背文書)によれば、相浦村は阿努あぬ庄内である。阿努庄は康平四年(一〇六一)末に越中権守となった源家賢の私領となり、一子相伝後、家賢の養子二人に分割伝領され、相浦村は前大皇太后、つまり白河院の皇后賢子の女房若狭に譲られた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む