相高島村(読み)あいたかじまむら

日本歴史地名大系 「相高島村」の解説

相高島村
あいたかじまむら

[現在地名]上川村三宝分さんぼうぶん

常浪とこなみ川の支流柴倉しばくら川左岸に位置し、南は黒谷くろだに村。文禄三年(一五九四)七月の蒲生氏高目録帳(内閣文庫蔵)に「会高嶋 六十三石六斗 御倉入」とあり、蒲生氏直轄領であった。元和六年(一六二〇)の漆木役は六五一本五分(津川旧記)。貞享二年(一六八五)の地下風俗家業旧例改帳(玉木敏雄氏蔵)によれば、当村は古来谷地やち川縁にあったが、延宝三年(一六七五)洪水に遭い、明谷沢あきやざわ村のこせ山に移転した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む