矢矧町(読み)やはぎまち

日本歴史地名大系 「矢矧町」の解説

矢矧町
やはぎまち

[現在地名]松山市緑町みどりまち二丁目

松山城下町の北東部、しろ山の周辺部に位置し、弓之ゆみの町・みがき町と平行して東西に通ずる町筋。東は壱万いちまん町、西は水口みなくち町、南は弓之町、北は琢町に接する。元禄年間(一六八八―一七〇四)の記事を載せた「松山町鑑」(伊予史談会蔵)の「惣町数七拾壱町」のなかに町名がなく、各種の城下町図にも記載されていないことから考えると、江戸時代後期に町名が公称されたのであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む