石坂河岸(読み)いつさかかわぎし

日本歴史地名大系 「石坂河岸」の解説

石坂河岸
いつさかかわぎし

[現在地名]金沢市増泉ますいずみ一丁目・白菊町しらぎくちよう

犀川左岸の大橋詰に南西より流れ込み、町と石坂村の境をなすいずみ用水沿いにある片側町で地子町。用水を挟んで石坂町の北西にあり、北石坂町と北石坂しん町境の南西に連なり、南西は石坂角場いつさかかくば一番丁。町名は同用水の河岸沿いにあることによる(金沢古蹟志)。もとは石川郡石坂村の一部で、金沢城下に接続する相対請地となっていたが、文政四年(一八二一)二月町奉行の支配地となる(国事雑抄)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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