石堂谷村(読み)いしどうたにむら

日本歴史地名大系 「石堂谷村」の解説

石堂谷村
いしどうたにむら

[現在地名]下市町大字石堂谷

梨子堂(なしどう)村の南西方渓谷にある。現地では「なしんどだに」村とよぶ。享保二一年(一七三六)の「大和志」に「石堂谷民家今亡」とあり、当時は無人村であった。御領(ごりよう)郷のうち。慶長郷帳では村高七三・三四二石、幕府領(代官大久保長安)。延宝七年(一六七九)の大和国吉野郡石堂谷検地帳(石堂谷区有文書)には反合五町一段二畝一五歩、うち古検分四町八反九畝一九歩、荒起返一町四反四畝二九歩、竿先の出目一反八畝二九歩、新開四畝、合米七四石一升となっていて、案内者は栃本(とちもと)村・梨子堂村・椎原(しいばら)村のものが署名しているので、この頃すでに石堂谷村には民家がなく、隣村のもので耕作していたことがわかる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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