「私法上の和解」と「裁判上の和解」とがあり、後者はさらに「訴訟上の和解」と「起訴前の和解」に分かれる。
[淡路剛久]
当事者が互いに譲歩して、その間に存する争いをやめることを約する契約(民法695条)。交通事故などは、示談で解決される場合が多いが、この示談が当事者の互譲を含んでいる場合には、和解の一種である。和解によって当事者間の法律関係は確定し、当事者は和解以前の主張をなしえなくなる。この点について民法は、和解によって当事者が権利を有し、または権利を有さずと確認した場合に、反対の確証が出たときは、和解によって権利が移転し、または消滅したものと規定する(同法696条)。和解の際に錯誤があった場合、錯誤による無効(同法95条)を主張できるかどうかが問題となるが、錯誤が争いの目的となった事項に関する場合(たとえば、債務の額が争いとなり、その債務の額について錯誤があったなど)には無効を主張しえないが、争いの目的とならず当然の前提とされていた事項に関する場合(たとえば、債務が存在することを当然の前提とし、額につき争いがあったが、実は債務が存在せず、その点に錯誤があったなど)には無効を主張しうる、と解されている。
[淡路剛久]
訴訟上の和解は、訴えの提起後、訴訟係属中に受訴裁判所、受命裁判官または受託裁判官の面前において、当事者が互いに譲歩し、訴訟の全部または一部について、争いを終了させようとする訴訟法上の合意をいう。和解それ自体の内容は、民法上の和解と同じであるが、訴訟手続の一部として行われるため「訴訟上の和解」と称される。この和解は、民事訴訟の制度目的からみて好ましいので、民事訴訟法はそれを促進するため、訴訟の進行がどの程度になされているかを問わず、当事者は和解できると同時に、裁判所もいつでも和解を試みることができ、そのために当事者の出頭を命ずることができる、と規定している(89条)。訴訟上の和解は、当事者双方が裁判官の面前において、和解の条項および和解の合意が成立した旨を陳述することによって成立し、裁判所書記官が、その要領を記載して和解調書を作成すると、その記載は確定判決と同一の効力を有する(267条)ことになる。したがって、それにより和解の成立した範囲で訴訟手続は終了する。また必要があれば、その和解調書を債務名義として強制執行もできる(民事執行法22条)。
[内田武吉・加藤哲夫]
訴訟上の和解に対して起訴前の和解は、即決和解または訴訟防止の和解ともいう。その手続は、民事上の争いについて一方の当事者が、相手方の普通裁判籍所在地の簡易裁判所に、請求の趣旨・原因と紛争の実情を表示して申し立てることにより始まる(民事訴訟法275条1項)。この申立てが適法であるときは、和解期日を定めて当事者を呼び出す。この期日に和解が成立したときは、裁判所書記官はその和解条項を調書に記載しなければならない(民事訴訟規則169条)。この調書は、訴訟上の和解の場合と同様に確定判決と同一の効力を有する(民事訴訟法267条)。和解が成立しない場合でも、出頭した当事者双方が申し立てるときは、裁判所はただちに訴訟としての弁論を命じる。この場合には、和解の申立人が和解を申し立てたときに訴えを提起したものとみなされる(同法275条2項)。起訴前の和解は、訴え提起前に訴訟を予防するためになされる点で、訴訟手続を終了させる訴訟上の和解と異なるが、その要件、方式、効果がほぼ同じなので、両者をあわせて裁判上の和解と称している。
[内田武吉・加藤哲夫]
志賀直哉(なおや)の代表的な中編小説。1917年(大正6)10月『黒潮(こくちょう)』に発表。19年3月新潮社刊行の『和解』に収録。父との久しきにわたった不和と一挙に訪れた和解をストレートに描いた私小説。先に発表した『大津順吉』(1912)、『和解』ののち視点を変えて発表した『或(あ)る男、其(その)姉の死』(1920)とともに中編三部作を形成。我孫子(あびこ)に住む主人公と祖母・父・義母の住む麻布(あざぶ)の家とのこだわりを内にはらんだ行き来、父の反対を押し切って結婚した妻の出産とそれに引き続く赤ん坊の死、さらに次の子の新たな出産、作品のなかで私怨(しえん)を晴らしたくない主人公の思いなど過去と現在が交錯する。最終的に自然な形での堅固な和解成立の経緯が力強く一気に描かれ、内心にもっとも忠実に生きようとする志賀の本質がよくにじみ出ている力作。
[紅野敏郎]
『『和解』(角川文庫・新潮文庫)』
紛争の当事者が互いに譲歩して紛争を自主的に解決すること。法律上,民法上の和解と裁判上の和解に大別される。
民法上の和解は,当事者が互譲によってその間に存する争いをやめることを内容とする契約である(民法695条)。AのBに対する債権額につき,Aは100万円だと主張し,Bは50万円であるといって争い,結局70万円で折り合う,などというのがその例である。民法上の和解は示談とも呼ばれる。和解の対象となる争いは原則としてなんでもよいが,身分関係の争い(たとえば,親子関係の確認請求)のように当事者が自由に処分しえない権利関係は和解の対象とならない。和解は契約の一種であるから,契約の無効や取消しまたは解除に関する民法の一般法理が適用になる。和解の効果として,争いのあった当事者間の権利関係は,たとえそれが真実とくい違っていたとしても,和解した内容どおりに確定される(696条)。たとえば,前例で,その後になって,AのBに対する債権の額はやはりAの主張どおり100万円であったとの確証がでてきたとしても,これによってすでに成立した和解の効力が左右されることはない。これは,争いの対象となった事がら自体(債権の額)について,当事者に思い違いであったという錯誤に基づく無効の主張(95条)を封じたものである(これに対し,AがBに対し債権をもっていたという前提事実については,錯誤による和解の無効の主張が許される)。なお,紛争当事者間の和解の成立を公的な第三機関が仲立ちすることを斡旋という。労働委員会による労働争議の斡旋(労働組合法20条,労働関係調整法10~16条)がその代表的な例である。
裁判上の和解には,起訴前の和解と訴訟上の和解の2種がある。いずれも和解内容が裁判所書記官によって調書に記載されると,この和解調書は確定判決と同一の効力をもつ(民事訴訟法267条)に至る点で,民法上の和解の効力よりはるかに強力である。起訴前の和解とは,訴えの提起を前提とせず,簡易裁判所に申し立て,その裁判官の面前で行う和解であり(275条),通常は事前に話し合いがついていて,それを確認して調書に記載するだけの手続なので即決和解とも呼ぶ。和解がととのわない場合,当事者双方の申立てがあれば訴訟に移行する。訴訟上の和解とは,訴訟の係属中に当事者が訴訟の目的につき互譲して訴訟を終了させる合意である。私的自治の範囲内の紛争は,もし当事者間で話し合いがつけばそれにこしたことはなく,あえて判決をする必要はないので,裁判所は訴訟の係属中いつでもこの和解を当事者に勧めることができる(89条)。裁判所が和解を勧めてもこれに応ずるか否かは各当事者の自由であるが,実際には第一審で民事通常事件の約3割が和解によって終了している。和解が成立すると和解調書が作られ,これが確定判決と同一の効力を有することは前述した。確定判決と同一の効力の内容の一つは,当事者が和解内容を無視する場合にはその内容を国家の執行機関の手で強制的に実現できるという執行力であり,その意味で和解調書は債務名義(強制執行を始動しうる文書)の一種であるが,これ以上にいかなる効力をもつか,とくに既判力をもつかについては争いがある。また,訴訟上の和解に無効や取消原因がある場合のその主張方法,また解除事由があって解除した場合のその後の処置については,学説上見解が対立している。
なお,以上の和解と似て非なるものに和諧がある。これは,離婚訴訟の当事者が婚姻を維持するためまたは円満に協議離婚するため仲直りすることをいう(人事訴訟手続法13条)。婚姻事件では上述の訴訟上の和解は認められないが,和諧が成立すれば,これに基づいて訴えを取り下げることにより訴訟が終了する。
執筆者:青山 善充
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(土井真一 京都大学大学院教授 / 2007年)
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… ところで,一般に特定の事件の法的争点に結着を与えることは,第三者によって示された判断がそのまま当事者を拘束するものとして扱われるという,裁判に典型的な方式(裁定)によるほかに,次の方式によってもなされうる。すなわち,両当事者がある解決案(たとえば,一方が責任を認めてある額の賠償金を支払うといった)に同意し,この同意が以後当事者を拘束する最終的な決定として扱われるという方式(和解)である。そして,この和解が第三者の関与の下に行われ,かつ第三者が自己の判断を当事者に示し,または同意を促すという場合がある。…
…第2イザヤは〈神のしもべ〉と呼ぶ仲保的な存在の死を通して贖いが成ることを告げた(《イザヤ書》53章)。 そこでキリスト教においては,罪の赦(ゆる)しは終末的な神の自由な恵みであるとともに,キリストの十字架による一回的なできごとであるとし,これを〈贖い〉〈償い〉〈なだめ〉〈赦し〉〈解放〉〈和解〉などのさまざまの語で呼んでいる。英語のatonementは一体となること,reconciliationは交わりの回復を,ドイツ語のVersöhnungはなだめることを意味するが,これらはみな原意を離れ,十字架のできごとに結ばれて比喩化される。…
…もめごとなどを表沙汰にしないで解決すること。とくに江戸時代,和解することをいう。広義には裁判外の示談も内済というが,裁判上の内済は,奉行所の承認手続(済口聞届(すみくちききとどけ))を経ることによって判決(裁許(さいきよ))と同様の効力が与えられる。…
※「和解」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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