コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

石塚国保 いしづか くにやす

2件 の用語解説(石塚国保の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

石塚国保 いしづか-くにやす

?-? 江戸時代中期の機業家。
下野(しもつけ)(栃木県)の医師の家に生まれたが養蚕に転じ,寛延3年(1750)京都で西陣織の技法をまなぶ。帰郷して竜紋織をはじめた。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

石塚国保

生年:生没年不詳
江戸中期の機業家。下野国(栃木県)那須郡興野村生まれ。家業は医業であるが養蚕を始め,村内に普及した養蚕,生糸業を活かす織物生産の道を模索し始める。寛延3(1750)年に京都西陣に赴き,織布の技術を学ぶ。数年後に帰郷,郷里で織布業を創業した。主力の織物は竜紋と呼ばれ,官位装束や女性用の帯に用いられたという。その後,様々な改良が加えられ,文政期末の綿糸との交織による綿繻子織に結実していく。この絹綿交織物の開発は,幕末開港以降,足利地方の織物業が素早く輸入綿紡績糸を導入し,絹綿交織物(経糸に生糸,緯糸に輸入綿紡績糸)生産を発展させる重要な前提となった。<参考文献>大林雄也『大日本産業事蹟』

(谷本雅之)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

石塚国保の関連キーワード小貝川那須那須七党早野巴人鮎瀬梅村金井繁之丞那須資重那須資胤那須資晴矢板武

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone