下野(読み)ゲヤ

デジタル大辞泉 「下野」の意味・読み・例文・類語

げ‐や【下野】

[名](スル)官職を辞めて民間に下ること。与党が政権を失い野党となること。「西郷隆盛は政争に敗れて下野した」「選挙で過半数を失い下野する」
[類語]引退退陣退職退任退役退官辞職辞任勇退リタイア離れるに下る

しもつけ【下野】

《「しもつけの(下毛野)」の略》

旧国名の一。大半が現在の栃木県。ごく一部が群馬県桐生市にあたる。野州やしゅう
栃木県中南部にある市。石橋・小金井は江戸時代は日光街道宿場町として栄えた。平成18年(2006)1月、南河内町石橋町国分寺町が合併して成立。人口5.9万(2010)。
バラ科の落葉低木。山野に自生。高さ約1メートル。葉は長楕円形。夏、淡紅色の小花が群がり咲く。名は、下野の国で発見されたことにちなむ。繍線菊。木下野きしもつけ 夏》「―を地に並べけり植木売青々

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精選版 日本国語大辞典 「下野」の意味・読み・例文・類語

しもつけ【下野】

  1. 〘 名詞 〙 バラ科の落葉低木。各地の山地に生え、観賞用に庭などに植えられる。高さ約一メートル。葉は互生し、短柄があり、葉形に変異が多いが、ふつう長さ五~八センチメートルの広卵形で両端はとがり縁に鋸歯(きょし)があり、裏面は粉白色。初夏、枝先に径七センチメートル内外のほぼ平たい花序を出して、径約五ミリメートルの淡紅色の五弁花を多数つける。漢名、繍線菊。きしもつけ。《 季語・夏 》
    1. [初出の実例]「しもつけの花。葦の花」(出典:枕草子(10C終)六七)

しもつけ【下野】

  1. 東山道八か国の一つ。四世紀の頃に毛野(けの)国が二分されて下毛野(しもつけの)国が成立。大化改新のときに下野国と表記が改められた。平安後期に藤原秀郷(ひでさと)が土着し、子孫は小山氏を称した。中世、小山氏とともに宇都宮、那須の両氏が勢力をふるい、江戸時代には小藩が分立。明治四年(一八七一)の廃藩置県後に栃木、宇都宮の二県が置かれ、同九年統合されて現在の栃木県となる。野州(やしゅう)

げ‐や【下野】

  1. 〘 名詞 〙 官職を辞して、民間に下ること。また、与党から野党になること。〔いろは引現代語大辞典(1931)〕

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改訂新版 世界大百科事典 「下野」の意味・わかりやすい解説

下野[市] (しもつけ)

栃木県南部の市。2006年1月石橋(いしばし),国分寺(こくぶんじ),南河内(みなみかわち)の3町が合体して成立。人口5万9483(2010)。

下野市北部の旧町。旧下都賀(しもつが)郡所属。人口1万9498(2000)。宇都宮市の南に接し,町域の東部は台地,西部は思川沿いの低地である。中心集落の石橋は近世は日光街道の宿場町で,1898年に馬市が開設され,第2次世界大戦前まで馬の取引でにぎわった。周辺で生産されるカンピョウ取引の中心地でもある。JR東北本線が通り,1962年ころから国道4号線沿いに工業団地が造成され,ハムや繊維製品の工場が進出した。また宇都宮市,小山市などへの通勤者が多い。農業ではトマトキュウリなどのハウス栽培が多い。

下野市南西部の旧町。旧下都賀郡所属。人口1万6714(2000)。小山市の北に接し,町域の大部分は低い台地で,西部を思川が南流する。中心集落の小金井は近世,日光街道の宿場町で,小金井一里塚(史)が今に残る。ビール麦が生産され,麦芽工場も立地している。また電子部品などの中小工場も進出している。1966年に東北本線小金井駅の北に小山電車基地が完成,東京方面への交通の便がよくなり,人口が増加した。国分地区には下野国分寺跡(史),同尼寺跡(史)があり,しもつけ風土記の丘も開設されている。

下野市南東部の旧町。旧河内郡所属。人口2万1235(2000)。鬼怒川西岸の低地および台地を占める。米とカンピョウを中心とする農業の村であったが,1970年代になって,町の北部に自治医科大学,同付属病院が開設され,南部にも工業団地が造成されて,都市化が進んだ。南部の鬼怒川沿岸では農家の副業として結城紬(ゆうきつむぎ)が生産され,技術保存会もつくられている。奈良時代に日本三戒壇の一つとされた下野薬師寺跡(史)がある。西に接する旧国分寺町との境を東北本線が,中央部を国道4号線バイパスが走る。JR東北本線自治医大駅付近では宅地開発が進んでいる。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「下野」の意味・わかりやすい解説

下野(市)
しもつけ

栃木県南部に位置する市。2006年(平成18)、河内(かわち)郡南河内町、下都賀(しもつが)郡石橋町(いしばしまち)、国分寺町(こくぶんじまち)が合併して市制施行、下野市となった。市の中央部をJR東北本線(宇都宮線)、国道4号が並行して南北に通り、この東方を新4号バイパスが縦貫し、市の北部を国道352号が横断する。市域の西境を南流する思(おもい)川と支流の姿(すがた)川に挟まれた台地上に、奈良時代、下野国分寺・国分尼寺が創建された。国指定史跡の両寺跡は、史跡公園として整備されている。7世紀後半から8世紀前半にかけて創建された下野薬師寺(やくしじ)(寺跡は国指定史跡)は日本三戒壇の一つに数えられる。道鏡が別当として左遷され、当地で没した。中世、姿川左岸の下古山(しもこやま)に宇都宮氏一族の児山朝定が築城したと伝える児山城(こやまじょう)があった。

 近世には姿川東岸を日光街道が南北に通り、小金井(こがねい)宿、石橋宿が形成される。両宿には本陣・脇本陣が置かれ、周辺農村の中心町として栄えた。小金井一里塚は国指定史跡。1972年(昭和47)地内薬師寺に私立自治医科大学が開校、附属病院は医療センターとして発展。かんぴょう(干瓢)や農家の副業に織られていた結城紬(ゆうきつむぎ)が特産品。現在は都市近郊農業で、米、麦を中心にホウレンソウ、タマネギなどの露地栽培、またキュウリ、トマト、イチゴなどの施設園芸や肥育牛との複合経営も盛ん。工業は建設用木材加工、電気機械、プラスチック、食品加工などが中心。住宅団地の造成など、宅地化も進行している。面積74.59平方キロメートル、人口5万9507(2020)。

[編集部]


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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「下野」の解説

下野 しもつけ

四条宮下野(しじょうのみやの-しもつけ)

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普及版 字通 「下野」の読み・字形・画数・意味

【下野】げや

官職を退く。

字通「下」の項目を見る

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動植物名よみかた辞典 普及版 「下野」の解説

下野 (シモツケ)

学名:Spiraea japonica
植物。バラ科の落葉低木,園芸植物

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