石榑南村(読み)いしぐれみなみむら

日本歴史地名大系 「石榑南村」の解説

石榑南村
いしぐれみなみむら

[現在地名]大安町石榑南

宇賀うが川を隔てて宇賀村の北にあり、鈴鹿山脈の一主峰りゆうヶ岳(一〇九九・六メートル)の東南山麓にあり、南辺は宇賀川によって限られる。集落の中央を南北に巡見街道が走り、宇賀川に沿う道は西行して石榑峠(六八九メートル)を経て近江国に出る。石榑越は近江・伊勢両国を結び、八風はつぷう(現三重郡菰野町)支路として古来から利用された。永禄年間(一五五八―七〇)頃に近江四本商人の配下で活躍した足子商人として「いしくれ 七郎」(「丹生川太郎兵衛書状」今堀日吉神社文書)の名がみえる。

江戸時代を通じて桑名藩領。文政一〇年(一八二七)の桑名領郷村案内帳には、家数一八八、人数八三七、牛六七、馬二二。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む