石沢郷(読み)いしざわごう

日本歴史地名大系 「石沢郷」の解説

石沢郷
いしざわごう

子吉こよし川支流の石沢川流域一帯をさす。中近世の郷。

応永元年(一三九四)信州から下向した石沢氏の支配を受けたという。石沢氏は天正一八年(一五九〇)豊臣秀吉から次のような朱印状を受け、所領を安堵された(出羽国新風土記)

<資料は省略されています>

近世初期には領主が度々変わったが、慶長一七年(一六一二)の由利郡中慶長年中比見出検地帳(由利郡中世史考)摺目すりのめ村・鳥波村・栗山くりやま村・町田まちだ村・鮎瀬あゆせ村・福田ふくだ村とあり、本田五万五千四一一束五把、この米八〇八石四斗五升九合五勺、本米八四四石六斗、出米四三〇石八斗九升五合、居屋敷二二〇軒、家数二九二軒、漆木二千七三八本、炭八俵とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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