石神白方村(読み)いしがみしらかたむら

日本歴史地名大系 「石神白方村」の解説

石神白方村
いしがみしらかたむら

[現在地名]東海村白方しらかた

東は海に面し、南は村松むらまつ村。「新編常陸国誌」に「中世大掾氏吉田ノ一族、此地ニ住シテ、白方氏トナル」とある。常陸大掾系図に「吉田太郎広幹の子の興幹が白方次郎」を称したとみえ、また「常陸大掾伝記」に「吉田郡一族名字、吉田太郎、此の一族白方」とあり、吉田太郎広幹の第二子興幹が白方に居城して白方氏を称した。「新編常陸国誌」によると文禄(一五九二―九六)以前は石神のうちであった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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