硝ぐら古墳(読み)えんしようぐらこふん

日本歴史地名大系 「硝ぐら古墳」の解説

硝ぐら古墳
えんしようぐらこふん

[現在地名]鹿島市大字山浦字筒口

標高五〇〇・八メートルの浄土じようど山の北山麓、標高四〇メートル余りの南側斜面に築成されている。名称は江戸時代に佐賀鍋島家の支藩鹿島藩の焔硝の貯蔵庫として利用されていたためといわれる。

古墳時代後期、六世紀後半の築成であろうと推定される。古くから開口し、その存在は早くから知られていたが、調査は実施されていない。

封土は完全に破壊され石室の一部が残存するのみで、封土の規模など明らかでないが、地形などから観察して小円墳と推定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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