神田久右衛門町一丁目代地(読み)かんだきゆうえもんちよういつちようめだいち

日本歴史地名大系 の解説

神田久右衛門町一丁目代地
かんだきゆうえもんちよういつちようめだいち

[現在地名]千代田区東神田ひがしかんだ一丁目

橋本はしもと町二丁目の東に位置する町で、竜閑りゆうかん川北側の道筋あたらシ橋から南東に向かう道筋の交差する所にある両側町。東は郡代屋敷(現中央区)、北は神田富松かんだとみまつ町。江戸時代前期から一帯は武家地と寺町で、明暦三年(一六五七)新添江戸之図では浄安じようあん寺と小田出雲守下屋敷。なお寛永江戸図も同様である。寛文新板江戸絵図では中山勘兵衛・諏訪部文九郎の拝領屋敷、元禄年間(一六八八―一七〇四)には中山邸跡に町屋と記され、北側は小幡邸。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む