神間村(読み)かんまむら

日本歴史地名大系 「神間村」の解説

神間村
かんまむら

[現在地名]庄和町神間

小平こだいら村の北西にある。正保(一六四四―四八)頃に開かれ、慶安(一六四八―五二)頃に神間新田とし、延宝三年(一六七五)に神間村を称したという(郡村誌)。同年の検地帳(倉持家文書)には田五七町四反余・畑六五町二反余・屋敷一〇町五反余で、元禄郷帳に村名がみえ、高一千一四九石余。当初幕府領であったが、のち旗本六氏の相給となったとされるが、文化元年(一八〇四)の関宿領・庄内領惣新田組村高地頭姓名書上帳控(石川家文書)では旗本松平・中根両氏は各三八三石余、同能勢・武島・久野三氏は各一二七石余となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 真言宗 浄土宗

貨幣 (名目) 賃金額を消費者物価指数でデフレートしたもので,基準時に比較した賃金の購買力を計測するために用いられる。こうしたとらえ方は,名目賃金の上昇が物価の上昇によって実質的には減価させられている...

実質賃金の用語解説を読む