福知堂村(読み)ふくちどうむら

日本歴史地名大系 「福知堂村」の解説

福知堂村
ふくちどうむら

[現在地名]天理市福知堂町

三昧田さんまいでん村西方にある環濠村落。保延二年(一一三六)秦四子田地売券(東大寺文書)に「大和(福)知院殿 枝垣(内)佐保殿(表題)、「謹解 申売買便田立券文事 合参段者(中略)在山辺郡十二条七里六坪内西畔本」とあるのは当村および佐保庄さほのしよう村付近になる。

中世には興福寺大乗院方衆徒福智堂氏があり、「大乗院雑事記」応仁元年(一四六七)五月六日条に「福智堂代官并九条庄百姓等参申、長屋庄与田地相乱事(下略)」とみえ、興福寺領福智堂庄があり、福智堂氏がその代官であった。また「多聞院日記」天文一一年(一五四二)三月一八日、一九日条に「福智堂ノ城ハ人数千五百計ニテ取廻シテ置間、不得相離コトヲ、今ニ責之云々」「昨夜ヨリ大雨降了、而処福智堂城後夜ノ時分ニ落居了」とあり、福智堂城の存在が知られるが、的場まとばしろうち馬場ばばうえの小字が残る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

発見学習

発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...

発見学習の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android