別所町(読み)べつしよちよう

日本歴史地名大系 「別所町」の解説

別所町
べつしよちよう

[現在地名]尼崎市東本町ひがしほんまち三―四丁目

市庭いちにわ町の南に位置し、西は外堀、南は水路を挟んで藩主の下屋敷があるまつ島。町の中央を南北に、市庭町との境東半分を東西に中国街道が通る。中世は尼崎四町のうちの一町で、大覚だいかく寺の別所であったという(尼崎市史)

長禄二年(一四五八)の通玄寺領目録(内閣文庫蔵曇華院古文書)に「難波村并別所」とみえ、通玄つうげん(現京都市中京区)領があった。文安二年(一四四五)の兵庫北関入船納帳には一〇月五日の衛門太郎を船頭とする船をはじめとして、当地を船籍地とする船の兵庫入港が記録されている。これらの船は泉涌せんにゆう(現同市東山区)や京都相国しようこく寺普広院殿の過書船や、京都南禅寺領備前国三成みなり(現岡山県矢掛町)の年貢輸送船であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む