秋元郷(読み)あきもとごう

日本歴史地名大系 「秋元郷」の解説

秋元郷
あきもとごう

大井戸おおいど大谷おおやつ中島なかじま小糸こいとおよび神野じんや寺を含む一帯に比定される。元応元年(一三一九)頃と思われる金沢貞顕書状(金沢文庫文書)に「秋元」とみえ,貞顕は金沢称名寺の道明が当地に下向するという連絡を受けている。大井戸諏訪神社所蔵懸仏銘によれば、康永三年(一三四四)一一月三日周東すとう郡秋元郷の住人で大槻宮禰宜の源盛澄がこれを奉納した。享徳四年(一四五五)岩松持国は秋元郷内大谷村などを本領として書上げている(「岩松右京大夫所領注文」正木文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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