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岩松持国 いわまつ もちくに

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

岩松持国 いわまつ-もちくに

?-1461 室町時代の武将。
一族の岩松満純(みつずみ)が上杉禅秀の乱で処刑されたため,上野(こうずけ)(群馬県)新田荘の国人領主岩松家をつぎ,鎌倉公方(くぼう)足利持氏(もちうじ)にしたがう。のち京兆家を称し,満純の子家純が再興した岩松家(礼部家)と対立。古河公方足利成氏(しげうじ)と堀越公方足利政知の抗争で成氏につき,寛正(かんしょう)2年5月政知方の家純にほろぼされた。幼名は土用安丸。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

岩松持国

生年:生没年不詳
室町時代の武将。上野国(群馬県)新田荘の領主。左馬助,右京大夫,左京大夫。満国の孫で,満純の兄弟満春の子。満純が上杉氏憲(禅秀)に与同して応永24(1417)年誅伐されると,岩松家では甥に当たる幼年の持国を当主とし難局を乗り切った。永享11(1439)年に鎌倉公方足利持氏が滅亡したあとは,結城氏朝らと共に公方派の中心として室町幕府や上杉方と対立。享徳3(1454)年に公方足利成氏と上杉方が全面的な戦闘に突入すると,成氏方として活躍した。しかし長禄2(1458)年になって同族岩松家純の工作により上杉方に寝返り,その後成氏に内通したとの嫌疑で家純により殺された。<参考文献>『新田町誌』4巻

(山田邦明)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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