種久村(読み)たねひさむら

日本歴史地名大系 「種久村」の解説

種久村
たねひさむら

[現在地名]東伯町こがね

山崎やまさき村の南に位置する。拝領高は一七四石余。幕末の六郡郷村生高竈付によれば生高二〇〇石余、竈数一二。元治二年(一八六五)の八橋郡村々余業取調帳(河本家文書)では家数一二、うち余業七。年貢米は当初、赤崎あかさき(現赤碕町)の蔵所に納めていたが、延享四年(一七四七)大塚おおつか蔵所への変更を願出て聞届けられた(在方諸事控)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む