窪町(読み)くぼまち

日本歴史地名大系 「窪町」の解説

窪町
くぼまち

[現在地名]米沢市下花沢しもはなざわ二丁目

かた町の北東にある下級家臣(原方衆)屋敷町。L字形の道の両側町。花沢八町の一。久保町とも書かれた(「岩瀬小右衛門覚書」市立米沢図書館蔵)うえノ町との境に海元かいげん寺が東面して所在する(文化八年城下絵図)。明和六年(一七六九)の原方屋敷絵図(市立米沢図書館蔵)によれば家数七〇。弘化三年(一八四六)の屋敷割帳では御弓・新御手明などの屋敷五五、空屋一二。


窪町
くぼちよう

[現在地名]八戸市窪町

八戸城の南東に位置する武家町。東と北は常海じようかい町、西は堀端ほりばた町・ばん町、南は十八日じゆうはちにち町に接する。中央を南西より北東の方向に街路が通る。天保(一八三〇―四四)の頃の八戸城下之図(上杉家蔵)に「タルミ丁」、文久年間(一八六一―六四)八戸御城下略図に窪丁とあり、中級の諸士名がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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