立善寺村(読み)りゆうぜんじむら

日本歴史地名大系 「立善寺村」の解説

立善寺村
りゆうぜんじむら

[現在地名]阿南市宝田町(たからだちよう)

下荒井(しもあらい)村の北西に位置し、北西端を岡(おか)川が東流する。隆善寺(りゆうぜんじ)などとも記され、里として清水がある(阿波志)。慶長二年(一五九七)の分限帳に那西(なさい)郡隆禅寺(りゆうぜんじ)とみえ、樋口内蔵助知行分二八一石余・太田茂兵衛知行分一〇〇石。慶長期のものと推定される国絵図には龍善寺(りゆうぜんじ)とみえる。正保国絵図では高三八五石余。寛文四年(一六六四)の郷村高辻帳では田方九九石余・畠方二八六石余。天明六年(一七八六)の村々浦里男女人改帳(守野家文書)では男一八四・女一九五・僧六。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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