箕輪新田村(読み)みのわしんでんむら

日本歴史地名大系 「箕輪新田村」の解説

箕輪新田村
みのわしんでんむら

[現在地名]遊佐町直世すぐせ

落伏おちふし村の西にあり、鳥海山西側山麓に位置する。地内の舟森ふなもり遺跡・箕輪遺跡は縄文時代の集落跡、箕輪館跡は鎌倉―室町時代の館跡。慶長一三年(一六〇八)かめさき(現酒田市)城代志村光安の俳客山本宗佐は箕輪館を訪ね、「身の上に思へば近しうは玉の黒かみ山の雪のすがたも」と詠んだといわれる(出羽国風土略記)。寛文三年(一六六三)向宮田むかいみやだ肝煎次右衛門と当村兵三郎が升川ますかわ谷地四〇町のうち二町を新田として開き、翌年升川山を畑として起こして当村が成立、次右衛門が肝煎となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

3月から 5月頃に発生する雷。寒冷前線の通過時に発生する界雷で,この雷雨はよくひょう(雹)を伴う。春の到来を伝える雷ともいわれる。雷鳴に驚き冬眠していた地中の虫たちが目ざめるという理由で「虫出しの雷」...

春雷の用語解説を読む