歯学では正式にはう齲歯(うし)という。口腔内の微生物の作用によって,歯の硬組織が破壊されていく疾患である。健全な歯が破壊されて虫歯になることを〈齲蝕〉になるといい,疾患名としては齲蝕症dental cariesという。歯の破壊は歯の表面から深部に向かって進行する。現代の文明国では80~90%の人が罹患している。
歯の表面に付着する歯垢(しこう)が主な原因と考えられている。歯垢の付着した状態で砂糖を多く含む飲食物を頻繁に摂取していると,歯垢の微生物の代謝によって酸が産生される。歯垢の深部に停滞した酸は唾液に洗い流されるまでに数十分以上の時間を要するので,その酸がエナメル質に作用してリン酸カルシウムを溶かし出し,歯を脱灰する。エナメル質の表面の抵抗力の弱い部分から酸はエナメル質の内部に侵入し,歯をしだいに脱灰して,ついに歯に穴をあける結果になる。
齲蝕になりやすい場所は歯垢のたまりやすい場所と一致している。臼歯の裂溝(みぞ)は最も齲蝕になりやすい場所である。次いで隣接面(歯と歯の間),歯の唇面歯頸部(歯の外側,歯肉との境界部)が齲蝕になりやすい。永久歯では多くの裂溝をもつ大臼歯が最も虫歯になりやすく,次いで小臼歯,上顎前歯がなりやすい。これにひきかえ,下顎前歯は虫歯になりにくい。乳歯も永久歯と同様の場所に齲蝕が発生しやすいが,永久歯に比べると唇面歯頸部に多発しやすい。
齲蝕のごく初期には痛みはない。好発部位の歯垢を取り除くと,エナメル質に白濁や黒褐色の着色が見られる。歯を乾燥させると白濁はいっそうはっきりする。齲蝕がエナメル質に限られているときには第1度の齲蝕(C1と表示する)という。臼歯では裂溝を診断用の針で触診すると,エナメル質の一部が脱灰されているので,針が裂溝の中に入り,引き抜くときにやや抵抗を感ずる。唇面歯頸部では表面に粗糙(そぞう)感がある。隣接面はX線写真像ではエナメル質に暗影が見られる。齲蝕がやや進行して象牙質にまで達した程度を第2度の齲蝕(C2と表示する)という。明らかな齲(蝕)窩(か)(虫歯の穴)があり,甘い食物や冷たいものを飲食すると,つーんと一時的な痛みを感ずるが,その痛みは長続きはしない。さらに齲蝕が進行するとう窩はますます大きく,深くなる。齲窩の細菌が歯髄にまで達すると歯髄炎pulpitisを併発する。歯髄は硬組織に囲まれ限られた空間であるため,炎症によって血液循環の障害を起こしやすく,症状としては激しい痛みが起こり,痛みは継続する。歯髄の細菌の感染を伴った齲蝕を第3度の齲蝕(C3と表示する)という。通常,う窩もかなり大きくなっている。歯髄炎を放置しておくと炎症は歯髄全体に広がり,やがて歯髄は壊死する。そして炎症が根尖部(歯の根の先)に及び,歯根膜炎を起こす。歯の痛みは激しく,歯が浮いて,物がかめない状態が続く。化膿した膿汁が歯肉を破って口腔内に流出すると痛みは軽快するが,このような痛みはときどき起こるようになる。これは根尖部に慢性の炎症があって,ときどき急性化するためである。このような状態を放置しておくと歯冠部(歯の口腔内で見える部分)はしだいに破壊され,ついに歯根だけの状態になってしまう。このように歯根だけになった状態を残根,または第4度の齲蝕といい,多くの場合は抜歯せざるをえない。
虫歯の治療は歯の崩壊の程度,歯髄感染の有無等によって,その修復材料や方法に違いがある。一般にC1,C2程度の齲蝕で歯髄の治療を必要としない場合には,齲蝕で崩壊された歯質を除去した後,金属や合成樹脂の修復材料を用いた充てん(塡)が行われる。歯髄の感染,壊死,歯根膜炎などの齲蝕の併発症のある歯で保存可能な場合(適切な治療を行えば抜歯をしなくてもよい場合)には,根管治療という歯髄腔の処置を行った後,インレー,金属冠,継続歯などにより歯冠を修復する処置が行われる。
齲蝕と関連の深い微生物としてストレプトコッカス・ミュータンスStreptococcus mutansなど,二,三の細菌が注目されている。歯垢の構成微生物としてこのような細菌の構成比が大きな場合には齲蝕の発生の可能性が高いと考えられている。そこで齲蝕の発生の可能性を判断する手がかりとして,歯垢の構成微生物中でストレプトコッカス・ミュータンスの占める割合や,歯垢の微生物の酸産生能力を調べる検査も行われる。
歯垢がたくさん付着した状態で砂糖を含む飲食物を頻繁に摂取することが虫歯の主要な原因となることから,予防のためには,歯ブラシなどの清掃用具を用いて歯垢をきれいに除去することと,砂糖を含む飲食物の摂取には注意することが平素の心がけとしてたいせつなことになる。砂糖は摂取する総量よりも摂取回数の多い場合に虫歯になりやすい。のべつまくなしに甘い菓子や飲料を摂取することは齲蝕の多発を招きやすい。
齲蝕は成人よりも子どもに発生しやすい。このことは,萌出(歯が生えること)したばかりの歯の抵抗力が弱いためであろうと解釈されている。そのために,フッ化物を使った予防対策や,虫歯のできやすい臼歯の裂溝を削ることなく齲蝕の発生する前に塡塞する予防処置も行われる。
虫歯は歯の破壊が始まると自然修復が望めない疾患である。歯の崩壊がかなり進んでからでは抜歯せざるをえない場合が多い。したがって,う窩が小さいときに,早期に発見して適切な処置を行うことも,多くの歯を長く使うための,たいせつな心がけである。
歯周疾患で本来歯肉でおおわれている歯根が口腔内に露出している場合に,この歯根に齲蝕が発生することがある。これを根面齲蝕という。義歯床と接する歯根面などに発生しやすいので,歯のはえぎわを不潔にしないように心がける必要がある。
→入歯 →歯 →歯磨き
執筆者:岡田 昭五郎
虫歯はおそらく人類最初の文明病と考えられる。狩猟段階の原始人には虫歯がみられず,人類が定住し農耕し料理された食物を摂取するようになると,虫歯があらわれてくるからである。エジプト,メソポタミアの古代文明に虫歯はみられ,歴史をとおして今日に至るすべての文明世界で虫歯は広がっている。古代エジプトでは上流階級に虫歯が多く,下層階級には少なかったが,それは貧民の食事に砂がまじっていたからと考えられる。日本でも石器時代人には虫歯がないといわれ,またアイヌ人は同じ時代の日本人に比べて虫歯が少ないという。奥州藤原三代(清衡,基衡,秀衡)はそのミイラ調査によってアイヌ人でないと結論されたが,虫歯の多いことが理由の一つとしてあげられたほどで,日本人は虫歯民族ともいわれる。《源氏物語》の〈賢木(さかき)〉の中に虫歯の皇子の描写があるが,虫歯が多くなるのは食生活が豊かになった室町時代からのことである。
執筆者:立川 昭二
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…縄文人の骨格にはさまざまな身体的特徴が指摘されるが,とくに上下の歯列が直接咬(か)み合う鉗子(かんし)状咬合(こうごう)が圧倒的で,現代日本人の大部分が鋏状咬合であるのと対照的である。その約半数は虫歯をもち,一般に狩猟採集民は虫歯の罹患率が低い傾向にあることに反する点は重要である。ドングリ類などのデンプン質の摂取が多かったことの反映ともみられる。…
※「虫歯」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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