箱崎町四丁目(読み)はこざきちようよんちようめ

日本歴史地名大系 「箱崎町四丁目」の解説

箱崎町四丁目
はこざきちようよんちようめ

[現在地名]中央区日本橋箱崎町

箱崎町三丁目の東にある。明治五年(一八七二)起立幕末には三卿の田安家が下屋敷を構えていた。北は箱崎川、東と南は大川(隅田川)に面する。当地は寛永江戸図では駿河大納言(徳川忠長)御蔵屋敷になっている。沿革図書によれば、延宝年中(一六七三―八一)の図と天和年中(一六八一―八四)の図では武蔵忍藩阿部氏と堀田対馬守(正英)の屋敷地、元禄年中(一六八八―一七〇四)と享保年中(一七一六―三六)の図では忍藩阿部氏屋敷。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む