粧坂村(読み)けはいざかむら

日本歴史地名大系 「粧坂村」の解説

粧坂村
けはいざかむら

[現在地名]朝日町大谷おおや

最上川左岸にあり、北は中沢なかざわ村、西は大谷村。大沼おおぬま村の浮島うきしま稲荷神社へ通じる古道が通り、古来粧いを改めた場所といわれる。文政五年(一八二二)の追分石に「右大や村・大ぬま村、左よねさハ」と刻まれる。正保郷帳にけはい坂村とあり、田方一七石余・畑方五石余。天保郷帳に「古者芸息坂村」と注記される。慶安二年(一六四九)以降松山藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む