糸谷村(読み)いとたにむら

日本歴史地名大系 「糸谷村」の解説

糸谷村
いとたにむら

[現在地名]国府町糸谷

高井(たかい)村の南に位置する。もとは隣村の谷(たに)村と一村であったという(因幡志)。拝領高は二〇五石余、本免は七ツ三分。花房氏の給地があった(給人所付帳)。「因幡志」によれば家数一六。天保一五年(一八四四)の竈数一二、作人一五・出奉公人一一・抱奉公人四、牛六(「作人改帳」井上家文書など)。弘化四年(一八四七)の上構下札略写(県立図書館蔵)では朱高二二三石余(うち畑高一一石余)、永荒を引き年々開五石余などを加えた都合高は二二八石余。物成高は一四三石余(ただし加損米一一石余)で、宇倍野山役米は一斗余、藪役銀は一匁八分余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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